★AMERICAN DREAM TRIP JUNE 21TH / WASHIGTON,DC / NATIONAL MALL / SMITHSONIAN / UNITED STATES HOLOCAUST MEMORIAL MUSEUM★
★AMERICAN DREAM TRIP JUNE 21TH / WASHIGTON,DC / NATIONAL MALL / SMITHSONIAN / UNITED STATES HOLOCAUST MEMORIAL MUSEUM★
★2012年6月21日 木曜日/ THURSDAY,JUNE 21★
★★WASHINGTON,DC / ワシントンDC★★
★★SMITHSONIAN★★
★UNITED STATES HOLOCAUST MEMORIAL MUSEUM / アメリカ合衆国ホロコースト記念博物★
PM 12:15
ナチス・ドイツによるホロコーストについての資料、映像、収容所の兵士、囚人の使用物などなど・・・ナチス・ドイツに関する博物館
世界中に在る「ホロコースト記念館」ですが、ここワシントンDCのスミソニアンにある博物館が世界最大規模といわれる。
なぜ、ヨーロッパにおけるドイツ人らによる歴史的悲劇の記念館を、アメリカの首都に造るのか? 議会議事堂やワシントン記念碑のような栄光のシンボルのすぐそばに、そんな暗黒の過去についての博物館を建てても、だれも見に来ないのではないか?そういう議論は、米国内でも、開館前にはあった。でも、いざフタを開けてみたら整理券を配って入場制限するほどの大人気となった。
博物館の構想じたいは、1978年、ジミー・カーター政権時代にさかのぼる。総費用1億6,800万ドル(うち、建物の建設に9,000万ドル、展示物に7,800万ドル)。連邦政府の寄贈した敷地に、20万件以上の民間からの寄付。計画・建設・展示にかかわる一切の費用は、法律により民間からの非課税の寄付金だけで、まかなわれた。
この身分証明書(パスポート)が常設展示を見学するために必要な入場券代わりになります(女性の方は女性、男性の方は男性のパスポートがもらえます)。
収容所に実在した一人の人のプロフィールや、顔写真、亡くなった日付などが記されており、直接的に人一人の人生を追体験するような仕組みです。そして・・・エレベーターに乗り4階から見学がスタートします。
ちなみに、展示室は4階から地下1階。1階には、子供の目から見たホロコーストを展示した)"Remember the Children: Daniel's Story"がある。子供には難しいホロコーストを解りやすく解説したもの。2階には犠牲者の冥福を祈るためのHall of Remembrance/ホールもある。
大人でも目を逸らす様な残酷、ショッキング、死体等の映像・画像があるため、11歳以下の子供は見学できない(そのように勧めています)。
人体実験などの映像は、なかなか子供がすぐ観れないように、工夫されていました。
★4階 / Fourth Floor★
『Nazi Assault-1933 to 1939 / 1933~1939年ナチスの暴力』
エレベーターを降りると薄暗い館内にひときは目立つ巨大なパネルが目に飛び込んでくる。焼け焦げた死体、大変ショッキングな写真である。
大戦前、ナチスがいかに伸長したか、そしてホロコーストを遂行するためにどのような布石を打っていたのかを映像、写真、当時の資料で振り返る。
ゲルマン民族を世界で最も優秀な民族とし、その他の民族を生物学的に分類するさまざまな方法を考案していった展示は、人種差別が生んだ恐ろしい出来事への第一歩。
★3階 / Third Floor★
『Final Solution-1940 to 1944 / 最終回答』
彼らの回答、すなわちそれがホロコーストだった訳だ。第2次世界大戦開戦前から、ナチス・ドイツは、支配地域のユダヤ人を町のゲットーと呼ばれる地域に隔離していたが、ナチスの侵攻とともにドイツの支配地域がヨーロッパ全土に及ぶようになると、ゲットーに住むユダヤ人を強制的に収容所に連行するようになった。そしてその先はホロコースト(大量虐殺)が始まることになる。
『収容貨車』
『収容三段ベット』
展示された収容所への移動に使った貨車、収容三段ベットを見れば。ユダヤ人が人間として扱われていなかったことが容易に理解できる。そして収容所内部を再現した展示。彼らが着ていた服、使っていた食器、どれを見ても悲惨な収容所の生活が想像できる。その隣には、囲いの付いたテレビモニターには、ナチスの行った残虐な行為の映像が流れています・・・
P.S. 貨車を見た瞬間・・・物凄い殺気を感じ・・・思わず身震いしました(寒)
P.S. 残酷です・・・荷物置き場です・・・決して人が寝るベットではありません(悲)
Anne Frank / アンネ・フランク(1929―1945)
アンネ・フランクは、第二次世界大戦中、ナチスドイツのユダヤ人 迫害を逃れて2年以上を家族と共に隠れ家で暮らした。アンネはその後、ドイツの ベルゲンベルゼン強制収容所で15年の短い生涯を終えたが、彼女が隠れ家で書き続けた日記は、戦後、家族でたった一人生き残った父オットー・フランクによって出版され、50年以上たった今日でも世界中の人々に感動を与え続けている。
激しい差別や迫害にも負けず、最後まで希望を失うことのなかったアンネの精神は、時空を超えて今もなお私たちに『困難な時代を生きる勇気』と『平和社会実現への希望』を与え続けている。
★2階 / Second Floor★
『Last Chapter / 最終章』
ナチスの敗戦で次々に解放された収容所で連合軍の兵士たちが見たものは、この世の地獄ともいうべき膨大な数の死体の山だった。
ホロコーストでヨーロッパに住むユダヤ人の3分の2、およそ600万人の人々が殺されたといわれている。解放後の収容所で死体を処理をする兵士たちの映像があるが、淡々と作業を進める兵士はみな無表情で、明らかに人間の死に対する感情を失っていまったかのように見える。戦争は勝者、敗者にかかわらず、人間を感情のない動物に変えてしまうのかもしれない・・・
P.S.
おびただしい・・・数の収容者の生々しい靴。シャワーだと言われ靴を脱ぎ、ガス室に追いやられ、騙されて死んでいった犠牲者達の無念さ苦しさなど・・・憤りを感じました。(上の写真)
この博物館を訪れる人の数、その表情を見ていると、実に多くの人々が関心を持っていることを痛感する。
様々な資料と映像、そして実際に収容所の人々が着ていた服、使っていた物の展示はどんな細かな説明文より心を打つ。
人類史上に類を見ない凄惨な出来事を振り返り、博物館では戦争が作り出す人間の狂気を伝えていく。収容所内部の悲惨な生活フィルム、直視に耐えない残酷な映像も目をそらさずに脳裏に刻むことが、この博物館を訪れた者の義務である。
壁に飾られた無数の犠牲者の写真の間を歩きながら、戦争の愚かさと平和の意味を考えるよい機会を与えてくれます。過去を明らかにすることは、未来にとって決してムダなことではない。そんなことを考えさせられるホロコースト記念館です。
P.S.
ヒトラーは世界で最も高等人物で超裕福な人物がユダヤ人というのを知っていたので迫害したという噂です。
また世界のお金の半分以上を持っているユダヤ人が世界を動かしているらしいです。のでユダヤ人を怒らすな !!! とある人物から教えられました。
そして、台湾人か韓国人か忘れましたが・・・それ以上のお金を持っているらしいです。
信じる信じないかはあなた次第です !!!
LET'S WE ARE THE WORLD !!!
TRUTH & HONESTY & TENDER !!!
LOVE & PEACE !!!
P.S.
MUSCLE STORY12 COMING SOON・・・
THANK YOU!!!
★UNITED STATES HOLOCAUST MEMORIAL MUSEUM & TWINS MUSCLE★
テーマ : アメリカ縦断/横断の旅 - ジャンル : 海外情報
2013/02/07 00:33 | ご紹介 | COMMENT(0) | TRACKBACK(0) TOP